Skip to main content Skip to first level navigation

RICOH imagine. change.

リコー電子デバイス株式会社
RECRUITING SITE

Skip to main content First level navigation Menu
Breadcrumbs
Facebook (Open link in new window) YouTube (Open link in new window) LinkedIn (Open link in new window)
Main content

プロジェクトストーリー

PROJECT STORY

挑戦する勇気と、現場の熱意が
支えた

最高の歴史的快挙

日本全体がミレニアムイヤーに沸いていた2000年前後。
携帯電話が世の中に爆発的に普及していく一大ブームを、半導体チップの開発により支えた挑戦者たちがいました。
私たちの生活を大きく変えることになった携帯電話に搭載された半導体チップは、様々な困難を乗り越えて生まれてきた、当社社員の情熱の証でもありました。世界を驚かせた半導体チップ、その誕生の舞台裏をご紹介します。

当社は、90年代後半に携帯電話端末のシステムを構成する上で必要となる電源機能を含む、アナログ機能のほぼ全てを取り込んだAOC(アナログ・ワン・チップ)という半導体チップの開発に日本で初めて成功。
AOCが搭載された携帯電話は、消費電力が著しく低減され電池が長時間持続することが認められ、当時日本で年間4,000万台を越えて販売されていた携帯電話の50%以上に、当社のAOCが搭載されていました。しかし、AOC需要の急増により既存生産設備では生産が追いつかない状況になるなど、課題山積の状態でした。
様々な困難を乗り越え、多くの課題を克服し、お客様である携帯電話メーカーから高い信頼を獲得したことで当社の主力事業に育ったこのAOCビジネスについて、当時最前線で活躍した3人がサクセスストーリーを語ります。

  • 川添
    川添
    営業部
    東日本営業課
  • 真鍋
    真鍋
    製品部
    設計課
  • 吉田
    吉田
    製造技術室
    プロダクト技術課

※所属はいずれも当時の配属先と職種です。

時代のニーズを先読みした
AOC(アナログ・ワン・チップ)の開発

川添(営業):
私は携帯電話メーカーへの営業を担当していました。当時、携帯電話の中にあるアナログ機能を1チップにまとめるとシステムの省スペース化に貢献でき、需要があると考えて携帯電話メーカー(お客様)へ提案していきました。設計と営業がペアでお客様を訪問し、仕様について詳細に詰めていく中で、お客様の課題や懸念を一つずつクリアし、約半年をかけて最初の商談成立に至りました。
真鍋(設計):
私は当時、開発リーダーを担っていました。技術的な面でいうと、接続先のデバイスを動かす電源機能以外にも、システムの中にアナログといわれる部品が沢山あり、できるだけ集約させようという考え方でした。集約する事で当時の携帯電話が更に小さくなると思い、最終的には音声通話系のアナログ・通信系のアナログ・システムの電源機能を全てワンチップ化させました。
川添(営業):
お客様は一つの端末だけを設計しているわけでなく、複数の端末を同時に設計されているので、各端末で共通の部品を使うことを前提に開発していましたよね。
真鍋(設計):
はい。でも開発スタート時は何もない0からのスタートでした。進めるにあたり、新規微細プロセス開発、アナログ設計環境の整備、短納期の開発、お客様の技術サポート、テスト技術確立、品質確保などが全て必要でしたが、これらを社内関係部門と調整を図りながら作り上げていきました。
製品自体の一番のコンセプトは「低消費電流化」でした。高機能になっていくほど消費電流が増えていくので、バッテリの持ち時間が短くなってしまいます。そこでお客様との打ち合わせの中で携帯電話の動作モードを整理し、各動作モードの消費電流最適化を実現する為のシステム電源制御(パワーコントロール)技術を確立しました。
結果として、携帯電話の新しいモデルでは待ち受け時間が1.5倍(270時間→420時間)になって、この成果に対してお客様から大変感謝されたのを良く覚えています。
川添(営業):
その甲斐もあり製品化できたのですが、技術的なハードルが高いために生産できるのが日本で当社だけとなってしまったんですよね。更に販売後は月に15万個を想定していたのが、30万個に急増してしまって、製造の方で急いで対応して頂くことになりましたよね。
吉田(製造技術):
私は当時、プロダクト技術課の課長を担っていました。あの時は本当に大変でした。社内の工場2つで生産対応できる数をどんどん超えていくんですよ。AOCは普通の製品に比べて複雑なので、的確な技術力も要求されるし、完成度の高さを追及しながらの大量生産は厳しい側面がありました。結果として社内の生産では追いつかず、急遽、海外の社外工場で生産を立ち上げすることになり、韓国へ飛びました。
真鍋(設計):
今までやったことが無いことでしたので、まずはやってみる感覚でしたよね。
吉田(製造技術):
ええ、今でも覚えていますよ。ちょうど1999年の年末ギリギリに上司と一緒に現地入りをして、生産委託先と話をしました。そして正月明けには先方の技術者に来日して頂き、生産工程についての詳細を協議してと、日本と韓国を行き来する慌ただしい日々でした。

大ヒットを支えるなかで生まれた全社的な一体感

真鍋(設計):
販売された製品は大ヒットとなりました。その勢いはかつてないスピードで広がり、最終的には月100万個を越すまでに至りました。数量確保を短納期で実現する必要があり、従来の方法だと間に合わないので、これを機に社内で初めて複数部門のメンバーが集まったプロジェクトチームを立ち上げることになりました。
川添(営業):
各部門からメンバーを選定し、一体となって課題を解決し、お客様対応を行うというものでした。週に一度は会議を行い、進捗確認を細かくしていましたよね。私も毎週のように東京と大阪間を往復していました。出荷数急増に対応するための施策検討を、上層部も巻き込み実施していましたが、進捗が遅れてくると最後はお客様が視察しに来られて…。お客様が作れる携帯電話の全生産台数、つまりお客様の利益目標が、当社が作れるAOCの数で決まってしまう状況でしたから、お客様も必死でした。当社としては品質の保証もしながら最大のスピードで対応している旨を説明してご理解頂きました。調整する側にも苦労がありましたけれど、こうした当社の対応をお客様にも認めて頂いて、最後は値上げ交渉も成功しました。
真鍋(設計):
苦しい時期でしたけど、世の中の役に立つ新しいビジネスを立ち上げてる、という実感がありましたよね。お客様の携帯電話の販売台数が増えて、売上が伸びて達成感がありました。
吉田(製造技術):
私は売れたという実感より、製造できるようになった安心感の方が強かったかもしれないです。(笑)
実際に韓国で生産する際も、通常であれば1年掛かるところを半年間での量産を目指して、順調にいけば6月頃には生産の目処がついているはずが、環境の違いなどで製品化できないものが大量に出てきてしまって、計画していた数がほぼ実現できなくなったんですよ。そこからはもう原因を追究する作業に奔走して…。部下と私の2名で担当していましたから大変でした。私は韓国で、部下が日本にいて、お互いに連携し合って技術的な面を調べて、ようやく夏休み明けくらいに原因が判明して生産の目処が立ちました。あの時は本当にヒヤヒヤしましたね。
韓国に出向く最初の頃は少し不安もありましたが、韓国の生産委託先の方々が友好的だったことに救われました。信頼関係も芽生えて、最終的には上手く製造できましたし、今でも良い思い出になっています。一緒に頑張ってくれた方とは、今でも交流があります。海外の生産委託先と色々な仕事をしてきましたけど、一番濃密で忘れられない仕事だったと思いますね。
川添(営業):
私が嬉しかったのは、お客様メーカーの社長様から感謝の言葉とお礼状を頂いた時です。製品が供給できないと徐々に、お客様側からも偉い人が出てこられるんですよ(笑)。最終的には当時の社長様から連絡が入って、そのやりとりの中心に自分がいるわけですから凄い緊張感でした。大変な調整役でしたが、最後にお礼状をいただいた時は本当に嬉しかったですし、社内でも盛大に表彰され「よくやった」と形にして貰えたことで、更に達成したという実感が湧きました。
真鍋(設計):
がむしゃらに走っていたら、いつの間にか気づかない間に、この業界のトップリーダーになっていました。当時、国内の携帯電話トップメーカーのほぼ全製品に、我々の半導体チップが搭載されたので、市場を席巻しましたし、かなり注目も集めました。全社員が誇らしく思っていたと思います。
吉田(製造技術):
当社は半導体業界の中では小さい企業ですが、小さいからこそ連携できる強みもあります。会社全体のことも理解しやすいし、自分の仕事と会社のビジネスとの繋がりも分かりやすく、やりがいのある職場だと思います。今後も当社ならではの強みを活かして、世の中に貢献する新しいビジネスを立ち上げていきたいですね。

学生へのメッセージ

川添(営業):
自分の将来を大きく左右する重要な決断になるので、ゆっくりと慌てずに自分に合った会社を選んでください。会社の目指している方向性、社員の魅力、やりたいことが実現できるかなど、自分の重視するポイントを決めて探してみてください。
真鍋(設計):
今やっていることに全力でトライしてください。そして入社後は、与えられた仕事は一生懸命全力で取り組んでほしいですね。全力でトライして、自分自身で納得のできる成果を出して次のことを考えてほしい。ステップをふみながら成長していってください。
吉田(製造技術):
社外、特に海外の人たちと仕事をするのはやりがいがあります。刺激的な面もありますので、もし機会があれば是非チャレンジしてください。

ファミリーコンピュータを支えた技術力

1983年に発売された、任天堂株式会社のファミリーコンピュータ(家庭用ゲーム機器)。
エンタメ性あふれるゲームソフトと高い性能が評価され、大ブームを巻き起こしましたが、実はこちらのメインCPUに、当社のICが搭載されていました。
当時、任天堂からいただいた要望は、子ども達がゲームソフトを交換でき、待ち時間無しでゲームが起動されることでした。それを踏まえ、ゲームソフトはROMに組み込む仕組みに構成しました。
ファミコンは大ヒットし、リコーの半導体事業もまた、大きく飛躍しました。

※任天堂のホームページ『社長が訊くスーパーマリオ25周年』の中で、ファミコンの誕生にリコーが大きく関わった、当時のプロジェクトストーリーが掲載されております。下記リンクより是非ご覧ください。